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紋別市 PR大使

長谷川 初範 さん

プロフィール

 1977年、映画監督の今村昌平氏が創設した日本映画学校を卒業。在学中に今村氏が制作した舞台「ええじゃないか」の主演に抜擢され、今村賞を受賞。

 1978年に今村プロダクションが制作したドラマ「飢餓海峡」でデビュー。若山富三郎氏演じる刑事の部下・戸波役を熱演する。意向、「101回目のプロポーズ」、NHK連続ドラマ小説「純情きらり」などの多数のヒット作に出演。

 映画「いのちの山河」(09年)で映画初主演を果たし、さらに化学者・高峰譲吉の晩年を演じた映画「TAKAMINE~アメリカに桜を咲かせた男」でも主演を務めた。

 紋別への思い
 

 紋別沖に流氷が押し寄せて来る季節は、北の雄大な大自然のパノラマ風景を観せてくれます。
そんな子供の頃のを思い出し作りました。2012年市民会館大ホール「アコスティック Live」で演奏。

 「流氷に乗って」
 
 流氷に乗って 漕ぎ出そうよ
 氷の浮いた 藍色の海が広がる
 手にした棒ッコで バランス取って
 さあ出発だ!

 火照った頬に 当たる風はまだヒャッコイ
 手袋脱いで 手に吐く息が空に広がってゆく
 両足踏ん張り 勇気を出して
 さあ進め!

 揺れる水平線浮いてる蜃気楼
 海鳥達も並んで見ている
 あれに見えるは知床

 白く照り返す 陽射しに目を細めて
 置いてきぼりの 流氷も春を待っている
 厳しかった冬が この街を通り過ぎる
 オホーツクの海がゆっくりと目を覚ます


小谷 実可子 さん

プロフィール

 9才からシンクロナイズドスイミングを始め、高校1年生で単独米国へシンクロ留学。1988年ソウルオリンピックでは、ソロとデュエットで2つの銅メダルを獲得。休養中には長野オリンピック招致に携わる。引退後は、日本オリンピック委員会、国際オリンピック委員会やアジア・オリンピック評議会で活躍。オリンピックの日本開催に向け、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致アンバサダーとして招致活動を積極的に行った。一方、現役引退後いは人生観を変えた野生のイルカとの出会いを通じ、自然や動物に目を向けた活動を行う。
1993年より神奈川の大磯で“アーティスティックシンクロ”の指導をはじめ、シンクロの普及・指導を行っている。またスポーツ中継のキャスター、リポーター、講演会、執筆活動など幅広く活動。2児の母としても日々奮闘中。第3回ベストマザー賞2010ではスポーツ部門でベストマザーに選出される。

紋別への思い 

 紋別とのご縁はまだシンクロの現役選手だった時、立派なプールのオープニングにエキシビションをしに伺った時からだと思います。その後、テレビの取材で流氷の下に棲むクリオネに会いに行ったこともあります。
 紋別PR大使というご縁をいただいて以来、毎年届く蟹は家族一同とても楽しみにしていて、実家の母から「紋別から届いたわよ!」と電話が入ると喜び勇んで取りに行き家族団欒。話に花を咲かせて会話が弾みます。「いつ皆で行けるかなー」「ガリンコ号乗ってみたいね」「流氷って近くで見ると凄いんだろうね」。
 子供の頃からのオリンピックに出たいという夢。選手を引退してからの「日本で夏のオリンピックを」という夢。それら全てが叶った今、あとは「家族で紋別に行ってこの目で流氷を見て、お腹いっぱい蟹を食べたい!」という夢を実現できるよう、人生プランをじっくり考えたいと思います。


宮川 彬良 さん

プロフィール

 作曲家・舞台音楽家。東京藝術大学在学中より劇団四季、東京ディズニーランドなどのショーの音楽を担当。その後、数多くのミュージカルなどを手掛け、舞台音楽家としての地位を確立。代表作に『ONE MAN'S DREAM』、『マツケンサンバⅡ』、『身毒丸』、『ザ・ヒットパレード』などがある。一方で演奏活動もめざましく、「宮川彬良&アンサンブル・ベガ」、「アキラさんとまこと君 ふたりのオーケストラ」、「未来の音楽授業!アキラ塾」、「宮川彬良&大阪市音楽Dahhhhn!」「コンチェルタンテⅡ」などを中心に、全国でコンサートを行っている。自身で作曲、編曲、指揮、ピアノ演奏、解説を行いながら進めるコンサートは、定評がある。また、2003~10年NHK教育テレビ「クインテット」、09~10年NHK-BS2「どれみふぁワンダーランド」の音楽を担当、出演。11~12年NHK-BSプレミアム「宮川彬良のショータイム」では、自ら企画も手掛け、好評を得た。
http://akira-miyagawa.com/

 紋別への思い

 2011年、初めて紋別を訪れて以来、僕は紋別の虜になった。

以前父が住んでいた鴻之舞金山、僕のおじいちゃんは、そこで鉄道の技師として働いていた。

 話には聞かされていたが、自分で出向いて初めて解かることだらけであった。あたたかく迎えてくれた駅逓の池澤さん、紋別セントラルホテルの女将の田中さん、見学した住友金属の社員の方々・・・。
 
 僕は、僕がここ紋別ですべき事や、やりたい事が沢山眠っていることに気が付いた。

少しずつではあるが、僕はそれを実現させていきたい。まずはコンサートからぼちぼちと・・・。


うえやま とち さん

あこがれの紋別

あれは、もう23年も前、1991年の夏、初めて紋別を訪れたときは驚きの連続でした。中でも、特に「食」がすばらしかった。カニが、エビが、ホタテが……うまーーい!!身のつまりが違う、身の甘みが違う、食事してるあいだ中、至福でした。  
 あんまりすばらしいんで、そのまんまクッキングパパに描いちゃいました。
(28巻、COOK275「ホタテご飯」を見てネ)
 ああ、また行きたい!!次は冬、極寒の紋別で、この目で流氷を見たい……と思いつつ、あっというまに時は流れ、紋別へのあこがれは、ますます強まるばかりです。
 いつかマンガをパッと仕上げて、「こんにちはーっ」と出かけていって、あの大らかでやさしい紋別の人たちと飲みたいもんですバイ!!


勝浦 修

勝浦 修 さん

プロフィール

〈段位〉
昭和36年 「アマ名人戦」北海道代表
昭和37年 二級で渡辺東一名誉九段門下
昭和42年 四段 プロ棋士となる
昭和44年 五段
昭和46年 六段
昭和48年 七段
昭和51年 八段
昭和60年 九段
平成23年 現役引退

〈タイトル〉
昭和56年 第14回「将棋連盟杯戦」優勝
〈棋戦〉
優勝 3回
〈通算成績〉
1411戦 714勝 697敗 勝率 0.506
平成19年 通算700勝達成 (史上17人目)
〈A級在位〉
通算7期
〈将棋大賞〉
昭和56年 第8回 「技能賞」受賞
平成24年 第39回 東京将棋記者会賞
〈表彰〉
平成3年 現役勤続25年の表賞




菅沼 準二 さん

プロフィール

東京都出身。東京藝術大学を卒業後リヒター弦楽四重奏団、プロムジカ弦楽四重奏団等に在籍した。厳本真理弦楽四重奏団に在籍中には1965年第7回毎日芸術賞、1968年芸術祭賞、1970年レコードアカデミー賞、1972年第22回芸術選奨文部大臣賞、1974年モービル音楽賞、その他数多くの賞を受賞。1976年NHK交響楽団首席ヴィオラ奏者として入団。1990年3月N響を退団、同年4月より東京藝術大学教授。2005年3月東京藝術大学退官、同年4月より東京藝術大学名誉教授。ほかに、沖縄県立芸術大学客員教授。ジャパン・ストリングクァルテット、東京クライス・アンサンブルのメンバー。ローム・ミュージック・ファンデーション選考委員、新日鉄音楽賞選考委員、福島育英会評議委員など。2007年よりオホーツク紋別音楽セミナーのプロデューサーとして紋別市の芸術文化振興に貢献。

お問い合わせ先

観光交流推進室(観光振興担当)

電話:0158-27-5181

お知らせ

紋別市役所
〒094-8707 北海道紋別市幸町2丁目1番18号
TEL 0158-24-2111 / FAX 0158-24-6925